名古屋高等裁判所 昭和63年(ネ)461号 判決
控訴人
品野隆史
右訴訟代理人弁護士
中村亀雄
被控訴人
三重県
右代表者知事
田川亮三
右訴訟代理人弁護士
倉田嚴圓
右指定代理人
長崎良訓
外二名
被控訴人
株式会社朝日新聞社
右代表者代表取締役
一柳東一郎
右訴訟代理人弁護士
中島多門
被控訴人
株式会社毎日新聞社
右代表者代表取締役
渡邊襄
右訴訟代理人弁護士
佐治良三
同
建守徹
同
藤井成俊
脱退被告株式会社中部読売新聞社訴訟承継人
被控訴人
読売興業株式会社
右代表者代表取締役
務臺光雄
右訴訟代理人弁護士
山川洋一郎
同
喜田村洋一
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の申立
1 控訴人
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人らは控訴人に対しそれぞれ金二七五万円也あてとこれらに対する本件訴状各送達の日の翌日以降各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
ただし、(二)は、原審における請求の趣旨の表示の不正確な点を正確な表示に訂正したものである。
2 被控訴人ら
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
二 主張
左に付加訂正するほかは、原判決事実第二当事者の主張に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。
1 原判決四丁裏一〇行目「ただ、原告は、」から五丁表一行目末尾までを削除する。
2 原判決五丁表七行目「同社が」から同八行目「集車が、」までを、「本件収集車と同種の塵芥収集機械を設置した富士重工業株式会社製造にかかる同収集機械のテールゲート落下事故として、同社が認めるところでも」と改め、同一〇行目冒頭の「ている。」から同一一行目末尾までを「、その他に昭和六〇年一〇月四日に津市内で、同年五月一日新潟県十日町市で、一一月一日神奈川県葉山町で、同月二六日盛岡市での合計五件ある。更に新聞等で報道された同種落下事故は、死亡者の発生した重大事故だけでも昭和五六年一一月から昭和六〇年一一月六日までの四年間で一一件に達している。」と改める。
3 原判決五丁裏一行目冒頭から六丁表二行目末尾まで((四)(五))を左のように改める。
「(四) 右のように完全な安全棒が設置されていると思われる収集設備においてもおびただしいテールゲートの落下事故が発生しているのは、それまで安全棒を使用しなくともその落下がなかったから、作業員が油断してこれを使用しなかったことによる。これは体験的に危険でないと考えてしまう作業員の盲点であり、人間としての弱点でもある。ごみ収集機械を製造する会社は、こうした盲点や人間の弱点があっても、事故の発生を未然に防止する安全なごみ収集車を製造すべき義務があるのに、これを怠ったことこそ真の事故の原因であったのであるから、鳥羽警察署警察官は、富士重工業の収集機械の欠陥や責任を調査すべきであった。
本件事故についてみれば、備え付け安全棒が錆ついていなかったとしても、作業員は前記指摘の人間に共通する弱点、盲点からこれを使用しなかったであろうから、やはり事故は惹起されたと考えられる。従って同警察官は安全棒がついていたかどうかに過失を求めるべきではなかった。
(五) しかるに、鳥羽署警察官は、製造会社の責任について調査を尽くさず、真の事故原因を追及することをしなかった過失および控訴人について安全棒が錆ついて使用不能の状態になっているのを漫然と継続させたというだけの誤った被疑事実で立件、送致した過失ならびにこの過った事実を無批判に報道機関に公表した過失により、控訴人の人権を著しく侵害し、その名誉を毀損した。」
4 原判決六丁表六行目「り、前記のとおり、」から同裏三行目末尾までを、次のように改める。
「るから、前記一3の本件各記事を同年四月二一日発行の各新聞紙上に掲載報道するにあたっては、次のような点に注意をはらうべきであった。すなわち、
(1) 控訴人は、逮捕も起訴もされていないのであるから、犯罪者、真犯人扱いすべきではないのにかかわらず、実名で且つ呼び捨てにして報道した。このような実名、呼び捨て報道は、公益をはかる目的のためには何の必要もないことである。
(2) 本件事故のような特異な事件については、犯罪事実の報道が人権を侵害する虞れが強いことに留意し、しかも直前の同年四月三日に久留米市で同種落下事故が発生していたのであるから、富士重工業製の塵芥収集機械に欠陥があることについて独自の裏付け調査をするか、少なくとも富士重工業、控訴人等対立当事者から談話をとるか同種落下事故について併記する等して、本件事故が控訴人の一方的過失により発生したと断定して報道すべきではなかった。
しかるに、被控訴人新聞社らは、鳥羽署警察官の一方的な発表のみに依拠し、これらの報道機関として当然とるべき措置をとらずに本件記事を報道した。
右の各過失により被控訴人新聞社らは控訴人の名誉を著るしく毀損した。
なお、被控訴人新聞社らは、本件訴訟における控訴人の主張に同調し、毎日新聞社が平成元年一一月一日から、朝日新聞社と読売新聞社が同年一二月一日から、犯罪報道において呼び捨て報道をやめ、被疑者が逮捕、指名手配されたときには「容疑者」という呼称を付し、その他は場合により呼称、肩書を併記することとしたが、これはまさに前記(1)の報道の違法性に自ら気付き、これを是正するためにこのような措置をとったものであって、違法性の自認、反省に他ならない。」
5 原判決七丁裏二、三行目「各自損害賠償金二七五万円及び」を「それぞれ金二七五万円也あてとこれらに対する各本件」と訂正する。
6 原判決七丁裏一〇行目「原告が日頃」以下八丁表一行目「否認し、」までを削除し、同五行目「は認める。」を「のうち、控訴人を被疑者として立件、書類送検した当時久留米市において同種の事故が発生し、死傷者がでた事実は認め、その他の同種事故の発生は不知、その余の事実はみとめる。」と改め、同六行目「否認する。」の次へ「控訴人に対し業務上過失致死の被疑事実が認められるか否かの判断は、本件事故車両そのものに即してなされるべきであって、盲点や人間の弱点が存在しても事故の発生を防止できるところの、控訴人主張の現実に存在しない安全な収集車の存在を前提とすべきではない。本件事故車は、昭和五九年四月の車検切れ時に廃車を予定した老朽車に中古の収集機械を設置したものであったが、現に安全棒は備え付けられ、ただこれが錆ついて全く使用できない状態にあったのであるから、作業員の盲点、弱点を指摘することは、これを裏返せば、控訴人の過失責任を肯定するものである。」と加える。
7 原判決九丁裏一行目「のうち、原告が」から三行目「その余」までを削除し、同八行目「ある、との点」を「あること、平成元年一二月より控訴人主張のような記事の取扱いをしていること」と改め、同行「否認する。」の後へ「朝日新聞社は、最近の人権意識の高揚に伴い、徐々に変遷して来た読者ないし市民感情、一般的社会通念と被害者感情、さらに法理との関連まで十分考慮検討した結果、右時点において最も適合する取扱いを決定したものに他ならない。従って本件記事をふくめ、従前の犯罪報道における呼称につき、これを違法もしくは不当と自認したものでは決してない。」と加え、同一〇丁表三行目から四行目にかけ「従来の」を「昭和五九年当時の」と改める。
8 原判決一一丁裏一行目「ある、との点」を「あること、平成元年一一月一日より控訴人主張の呼び捨てをやめ容疑者の呼称をつける取扱をしていること」と改め、同行「否認する。」の後へ「毎日新聞社は、主筆の社内諮問機関である紙面審査委員会の見解を参考として、社内各所で十分検討を加えた結果、本件記事の報道形式は、昭和五九年当時においては、被害者の感情その他の社会的通念を考慮して長年にわたってとられて来たものを踏襲したのであって、既に慣習として読者感情にも十分なじんでおり、いかなる意味においても違法とされるものではないが、時代の推移に伴って変化した現時点における読者感情その他社会通念全般を考慮し、より一層これに適合すべきことを期して呼び捨てをやめる取扱いとしたものである。」と加える。
9 原判決一二丁裏六行目「ある、との点」を「あること、平成元年末頃より犯罪報道において被疑者に『容疑者』という呼称を付することとしたこと」と改め、同行「否認する。」の後へつづけて「被控訴人読売興業が右のような取扱いをすることとしたのは、刑事々件の被告人には『被告』の呼称を付しながら、捜査中の被疑者を呼び捨てにすることに矛盾があるため、被疑者の呼称を原則として『容疑者』としたものである。従前の犯罪報道の慣行は、逮捕、指名手配、送検された時点で被疑者の氏名は呼び捨てにするということであったが、これは長年にわたる社会通念に支えられて来たものであり、本件報道のなされた昭和五九年四月当時、現在のような犯罪報道のあり方についての議論は殆どなされておらず、犯罪報道において実名を出すべきでないとか、敬称を付すべきであるといった社会通念が形成されていたとは到底言い難い状況であって、現在においてこそこの社会通念に多少の変化が生じているとしても、これが本件記事の違法性の有無の判断に影響を与えるものではない。」と加える。
10 原判決一三丁表一行目「二2(八)、二3(八)、二4(八)」を「二2(四)(八)、二3(四)(八)、二4(四)(八)」と訂正し、同三行目「である」を「であった」と改め、同六行目「そのような報道」から九行目「であり、」までを「被控訴人新聞社らは、今頃になって弁明に躍起になりながらも呼び捨てをやめた。しかしながら呼び捨ての矛盾は、最近になって発生した訳でもなく、人権をめぐる社会通念が最近になって急激に変化した訳でもなく、十数年以前から矛盾は存在し、社会通念の激変もなかったから、」と改める。
三 証拠〈省略〉
理由
一被控訴人三重県に対する請求について
当裁判所も、控訴人の被控訴人三重県に対する本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、原判決理由中一(原判決一四丁表五行目冒頭から二三丁裏三行目末尾まで)の認定説示を、左のとおり付加訂正し、且つ当審において控訴人が提出した甲第三〇号証の一、二、甲第三六号証、甲第三七号証の一、二、当審における控訴人本人の供述によっても、右認定説示を左右することはできないと付加するほかは右と同一であるから、ここにこれを引用する。
1 原判決一四丁表九行目冒頭から同裏九行目末尾まで、及び、同一〇行目の「請求原因4(三)の事実、」を各削除する。
2 原判決二一丁裏七行目「判断して、」の次へ「被疑事実を本判決別紙犯罪事実のとおり掲記し、」と加える。
3 原判決二一丁裏一二行目冒頭から二二丁表八行目末尾までを左のとおり改める。
「鳥羽警察署においては、各報道機関の取材の公平を期する目的で「報道連絡簿」の様式を予め定め、その各欄に件名、発生日時、発生場所、事案の概要、被害の状況等を捜査担当課長らが記入してこれを決裁に廻し、報道機関に対する連絡区分として、発表するか、資料提供、ルート連絡に止めるかは、捜査の密行の必要性、その進展度、犯罪事実の内容、社会的関心の度合等を考慮して、報道担当責任者の署次長が決定することと定められ、発表とされたものは、右連絡簿自体を署次長席の上におき、署へ取材に訪れる各報道機関の取材記者に自由に閲覧させる扱いとし、更に記者らからの詳しい内容の取材の申出があった場合には、担当者らがこれに応ずるという態勢を、当時とっていた。
報道担当責任者の鳥羽警察署次長は、本件事故については二名の死者が出て社会的影響、関心が大きいこと、類似事故の発生の防止を呼びかける必要があることの二点から、これを報道機関に発表することを決定し、同月二〇日送致後、原判決別紙一の連絡簿自体を次長席に置き、これを取材記者に自由に閲覧させる方法で公表した。」
4 原判決二二丁表九行目「によれば、原告は、」から同二三丁表一〇行目末尾までを左のように改める。
「に加えて、〈証拠〉によれば、控訴人は昭和五九年三月一〇日および一二日の二回にわたり、司法警察員に対し自己の刑事責任を左のとおり自白した事実が認められる。(一)本件収集車は、控訴人が昭和五六年一〇月に中古車両を買入れたのであるが、その初年度登録は昭和五一年四月であって、昭和五九年四月に車検切れとなるので、その際廃車にする予定の老朽車である。様式は、いすゞ二トン車に富士重工業製造のフジマイティLP電気式塵芥積込み排出装置を設置したパック車と呼ばれるものであった。(二)控訴人は、右買い入れの時点で既に左右の安全棒が錆ついて使用不能となっていることに気付いており、更に添付説明書八頁(4)に「テールゲートを上げ、その下に入って作業するときは必らず安全棒を使用し、その習慣を是非つけて下さい」旨の指示があることも了知していた。(三)作業員が、異物の噛み込み現象等によりテールゲートを上げてその下で作業する必要があることや、実際にその作業をしていることも十分知っており、万一その作業中にゲートの落下があれば人身事故が発生することがあることも認識していた。(四)事故は、本件収集車の管理責任者として錆ついている安全棒を使用できるように管理していなかった私の責任ということである。
以上の各認定を総合すれば、昭和五九年四月二〇日に司法警察員が検察官に送致した控訴人に関する犯罪事実を蒐集した証拠から認定できるから、右被疑事実の立件、送致に警察官の過失はなかったものと言うべきである。
控訴人は、当審において、同種事故の多発から司法警察員は、同種収集車の欠陥につき調査すべきであったのにこれを怠ったと主張する。原審証人松田幸久の証言によれば、本件送致の時点で鳥羽署が把握していた同種事故は、同年四月三日の久留米市の事故のみであったが、司法警察員としては右は本件と車両も、過失の態様も異なり、同種同一の事故ではないと判断し、それ以上の捜査を遂げなかったことが認められる。しかし過失の内容は右のとおり、控訴人の安全棒の管理のずさんさ、又は放置にあると端的に認定でき、また控訴人からも昭和五九年三月の取調べ当時、明確な形で欠陥車や同種事件の主張がなされていなかったことは〈証拠〉から明らかであるから、同種事故の発生原因の捜査をしなかったことに過失があるとは到底認められない。
また控訴人は、収集車製造会社には人間の盲点、弱点を克服した安全な車両を製造すべき義務があり、これがないのは欠陥車であるとも主張するが、過失の有無はもとより本件収集車に即して判断すべきところ、安全棒がすでに錆ついて使用不能となっていることを購入当時から知っていた控訴人に、まず本件収集車の安全棒を修理し、又はとり換えてこれを保全する義務が存することは前記認定のとおりであり、すでに古くなっている本件塵芥収集のための機械の製造会社の責任につき調査を尽くさなかったからといって、これにつき過失ありとはとうてい言えず、次に安全棒の使用方を従業員に周知徹底することが、安全配慮の立場から必要であるのに、この責任や義務を他に転嫁しようとする控訴人の主張は採用の限りではない。
公表については、原判決添付別紙一の報道連絡簿の記載と、本判決添付の送致犯罪事実とは同一であり、且つ前記認定のとおり右被疑事実は捜査により蒐集された証拠から十分認定し得るところであって真実に反することはない上、公表の理由、目的、その具体的方法についても、公共の利害に関する事実を専ら公益を図るために行ったことは前記認定のとおりであるから、右公表につき何ら違法の廉はないと言うべきである。」
5 原判決二三丁表一一行目「5」を「4」と訂正する。
二被控訴人新聞社ら三名に対する各請求について
右についても当裁判所は右各本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、原判決理由二1ないし8(原判決二三丁裏五行目から二六丁裏八行目まで)の認定説示のとおりである(但し控訴人の当審における主張に即して補足するため、左記のとおり付加訂正する。)から、これをここに引用する。
当審において提出された各書証、当審における控訴人本人の供述によっても、右引用にかかる認定説示を左右することはできない。
1 原判決二三丁裏九行目「る。」を「、これに反する当審における控訴人本人の供述は採用しない。」と訂正し、同一一行目及び原判決二四丁裏二行目の各「中部読売新聞社」をいずれも「中部読売新聞社承継人」と改める。
2 原判決二四丁裏五行目「がそれぞれ認められる。」を「、〈証拠〉によれば、被控訴人朝日新聞社は、平成元年一二月一日付の社告で、今後逮捕された被疑者は「容疑者」と表記することを原則とし、職務関連犯罪や過失事件は事例によって肩書、呼称などを使う旨の報道原則を明らかにしていること、〈証拠〉によれば、被控訴人毎日新聞社は、同年一一月一日付の社告で、同日付紙面から捜査当局に逮捕又は指名手配された被疑者にはその氏名のあとに法律的立場を示す「容疑者」の呼称をつけ、ほかに肩書、職業なども併用することがある取扱いとする旨を明らかにしていること、〈証拠〉によれば、被控訴人読売興業の発行する読売新聞も、同年一二月一日付の社告で、刑事裁判の被告人には被告と付けながら、捜査中の被疑者を呼び捨てにすることには矛盾もあるため、被疑者の呼称を原則として「容疑者」とし、事件の態様によっては肩書や敬称を使う旨を告示し、同日付紙面からその報道方法をとっていることがそれぞれ認められる。」と改める。
3 原判決理由二6(原判決二五丁裏五行目から二六丁表六行目まで)を左のとおり改める。
「6控訴人は、逮捕も起訴もされていないのに実名で、且つ記事中で「品野は」(毎日、中部読売)、「品野隆史は」(朝日)と呼び捨てで報道されたことにより、名誉を毀損されたと主張する。
(一) 実名報道について
一般に犯罪報道については、書かれる方特に犯罪主体とされる側からすると、匿名又は仮名でなされることが望ましいことは言うまでもないが、現在においても社会一般の意識からみて右報道における被疑者の特定は、犯罪ニュースの基本的要素であって、犯罪事実自体と並んで公共の重要な関心事であると観念されているのである(弁論の全趣旨によって認められる)から、被疑者を実名にするかどうかを含めてその特定の方法、程度の問題は、一義的には決められず、結局は犯罪事実の態様、程度及び被疑者の社会的地位、特質(公人たる性格を有しているか)、被害者側の被害の心情、読者の意識、感情等を比較考量し、かつ、人権の尊重と報道の自由ないし知る権利の擁護とのバランスを勘案しつつ、慎重に決定していくほかない。
本件において、本件記事が報道された昭和五九年四月当時、犯罪報道は実名報道を原則とし、本人に対する強制捜査、とくに逮捕後は本人の実名を挙げて報道するのが通例であって、このことはマスコミ各社報道基準集からみても明らかである(〈証拠〉及び弁論の全趣旨)。
控訴人は、なるほど逮捕はされていなかったが、右各報道当時、第一次捜査機関の被疑事実は証拠によって固められ、検察官にその被疑事実を以て送致されたこと、右被疑事実による被害は死者二名で、塵芥収集車による特異かつ重大な事故であることは前認定のとおりであり、被害者側の心情、社会一般の市民レベルの意識、感情からみて、軽微事件とは扱い得ないと解せられること、他方記事の扱いは、いずれも一段の写真なしのベタ組みの地味な扱いで、見出しも客観的な「社長送検」(朝日、中部読売)あるいは「会社役員送検」(毎日)であること、記事内容も送致事実の範囲に止まり、導入部には控訴人の氏名の上に肩書として「三陸」社長(朝日)、「会社役員」(毎日)、「会社社長」(中部読売)がいずれも冠されていることは弁論の全趣旨(原判決別紙二の一ないし三等)によって認められるところであるから、以上の各事実を総合すれは、実名による各社の本件報道は、当時の報道の実情、本件報道の態様、被疑事実の程度、態様、控訴人の責任ある社会的地位、被害者側の心情、社会感情等からみて、控訴人にとって名誉なものでなかったことは分かるが、これのみで直ちに違法なものと解することは困難である。
(二) 呼び捨て報道について
原判決添付別紙二の一ないし三のとおり、記事中で「品野隆史は」と一回(朝日)、「品野は」と一回(毎日)、「品野が」、「品野は」と合計二回(中部読売)控訴人の名下に社長、役員等の肩書を付さなかったことにつき、被控訴人ら三名は慣行であると反論している。しかしながら昭和五九年四月二一日に発行された中日新聞〈証拠〉は、記事中で「品野社長に」と氏名の下に肩書を入れている扱いをしていることが明らかであり、また、被疑者の呼び捨ての慣行が報道上の慣行として当時あったことを認めうる証拠はない。しかし、同時に被疑者に常に敬称、呼称をつける慣行があったことを認めうる証拠ももとよりない。
従って一般的な基準に従い、控訴人の地位、職業、犯罪の性質、内容、被害者の心情や市民感情、記事中の扱い、記述の態度、報道による世論喚起、再発防止等の目的等一切の事情を考慮して名誉毀損の成否を判断すべきところ、いずれも前記認定のとおり、被害者は二名でいずれも死亡し、市民感情は無視できないものであること、記事の導入部では氏名の上に社長、会社役員の肩書をつけ、文中で社長を外したにすぎないこと、記事の扱いも客観的に送検の被疑事実を記述しているに止めていることのほか、原審証人勝田耕蔵の証言によれば、人が二人亡くなった事故の安全責任を問うケースであるから呼称、肩書きを省いた(朝日)と述べ、同中田章の証言では作業員二人の貴い人命が失われ、遺族の感情やいろいろ配慮してつけなかった(毎日)と述べ、同川久保恵司の証言では、読者というか、国民感情的なものを含めて反響も考慮すれば敬称をつける必要はない(中部読売)と述べ、いずれも被害者の心情、市民感情を無視できないとしていること、そして昭和五九年当時の一般的社会通念として右のことを十分是認し得ること、前記説示のように敬称、呼称を付する慣行ないし基準も当時存在していたとは認められないこと等以上を総合、勘案するとき、右の報道に違法性があったとみることは到底できない。
(三) 新報道基準について
前記認定の「容疑者」を名下に付する扱いとする各社の基準は、その後約六年間における社会全般の人権意識の高揚、議論の高まり(公知の事実というべきである)によるものであって、各報道機関がこれまでの記事よりも、より妥当なものをめざすその健全な進取性のあらわれと見るのが相当であり、本件記事が違法であることを各被控訴人新聞社らが自認してそれを是正、補完したものと解することのできないことは勿論であるから、この点に関する控訴人の主張は採用できない。」
4 原判決二六丁表八行目「よるもの」から一〇行目「義務である」までを「ついて独自の裏付け調査をするか、対立当事者の談話をとるか、同種事故の併記をすべきである」と改める。
三以上の次第で、控訴人の本件各請求は、いずれも理由がないから、これを棄却した原判決は結論において相当であり、結局本件控訴は理由がない。
よって本件各控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官海老塚和衛 裁判官水野祐一 裁判官喜多村治雄)
別紙〈省略〉